栄養と日常生活#051:痛風

自分には“痛風”という持病があります。

最初に発症したのは28歳の時でした。
カイロプラクティック大学に入学した1学期の時です。
左の足首が捻挫したように腫れ(一般的に痛風は左足の親指に発症しやすい)、何だろうと思いました。
ちょうどその頃、ロスアンゼルスのパサディナ市のアパートから、学校に近いグレンデール市のアパートに引越した際、2階から重い荷物を一人で何回も運んだので、その時に捻挫したのだと考えていました。

しかしその後も、何故か大きなテストが終わって数日すると、左足首が痛むようになりました。
原因不明です。
気になって学校のクリニックに行き、知り合いのインターンに相談して診てもらいました。

痛風坐骨神経痛だとか、腰椎の椎間板ヘルニアではないかと色々と言われ、治療も受けましたが、何故か大きなテストが終わると再び足首に痛みが生じ、しかも再発する度に徐々に悪化し、10学期制度の5学期あたりになると、歩行困難になるほどにまで悪化しました。

5学期か6学期の時に、“血液診断学”のクラスがありました。
クラス全員が各々の血液検査を受けます。
自分も血液を採取し、検査結果を受けたので、念のために担当教授に見てもらいました。
風邪を引いていた教授は、鼻水をティッシュー・ペーパーでかみならが、「痛風だね」と一言だけ告げ、面倒臭そうに検査用紙を机に投げ出しました。

“痛風(英語でGOUT)”!?、強いショックを受けました。
確かに検査表を見ると、尿酸値が正常値を大きく上回っていたのです。
“天才と王様の関節炎”と呼ばれる痛風ですが、もちろん自分は天才でもなく、王様でもありません(ちなみにベンジャミン・フランクリン、ナポレオン、ヘンリー8世も痛風だったらしい)。
また痛風は、食通や酒飲みにも多発するとも言われています。
確かに酒は飲みますが、食通でもなく、アメリカ人と比べたら、小食であると自負しておりました。
しかも試験前は、暴飲暴食している暇などありません。
勉強に明け暮れる毎日を過ごしていたのです。
おそらくストレスからの解放と、何らかの関係がありそうです。

症状は悪化して行き、カイロプラクティックの大学を卒業して、アメリカで働いていた頃は、年に2回程“痛風”に悩まされました。
発症するとベットから起き上がることも、歩くことも出来ない状態になりました。
よく「“痛風”は風が吹いても痛いと言うけど、本当なの?」と聞かれます。
本当です!
どんなに痛いかと言いますと、“骨折”の痛みに似ています。
自分は4~5回骨折を経験しているので、その痛みと類似していることを身を持って体験しています。
風はともかく、足にかけているシーツや毛布、または布団の重さにも痛みを感じます。
他の人がベットの周りを歩いている振動でも痛みます。

寝ている時は、何とか痛みに耐えられるのですが、足が心臓よりも下がると(立ち上がる等)、ズッキン!、ズッキン!と激痛が走り、トイレに行く時は大変で、10メートルも離れていないトイレに到達するまでに数分かかります。
手で壁や家具に身体を支えながら、もう本当に激痛との戦いです。
これが数日間続くのです。
消炎鎮痛剤を飲んでいたこともありますが、副作用で両足の裏の皮が全て剥がれ、今でも足底に違和感を感じながら歩いている毎日です。
以来、薬に頼ることは一切止めました。
症状が出たら、しっかりと受けとめ、ただただ耐え抜くしかありません。

ある時、日本にいた兄と電話で「痛風になっちゃってさあ」と話すと「親父も痛風だったし、僕も尿酸値が高いんだよ。痛風は出ないけどね」と教えられました。
エッと声も出せませんでした。“遺伝したんだ”と・・・

日本に帰国してからも、痛風の発作に悩まされました。
しかしアメリカにいた時の体重(74キロ)が徐々に減り、車の通勤が電車通勤になったことや、食事の量も減り、少しずつ“痛風”が治まり始めました。
今では55キロまで体重が減りました(最初の6か月で10キロ痩せた)。
渡米した時が64キロでしたから、約14年間のアメリカ生活で、10キロの体重増加は当時そんなに不自然なことではないと軽く考えていたのですが、おそらく筋肉が落ち脂肪が増え、運動不足による単なるデブ状態であったと思います。
今では体重減少は“痛風”に対する大切な事項だと痛感しています。

体重が減ると、“痛風”の発作も減り、年に数回から、数年に1回と減り続けましたが、5~6年毎に痛烈な痛みに襲われるようになりました。
歳をとる度に回復も遅れるようで、以前は1カ月から2ヵ月で何もなかったように回復するのが、今では全快するまで3~4か月かかります。
これも教訓になっています。

そこで自分の持病である“痛風”を何とか治そうと決心したのです。
15年ほど前に医者から「尿酸値が高いのは遺伝の要素が大だから、小出しに“痛風”になって尿酸値を下げていた方が、尿酸値が高くて症状が出ずに、腎不全になる人より良いんだよ」と言われたことがあり、「そういうものか」と変に納得していたのです。
しかし、それは間違いだと思うようになりました。

以来“痛風”になる度に、色々と自分の体調を観察してみると、まず発症時に尿の色が数日間、著しく変化することに気付きました。
オレンジ色に似た黄色い尿が続くのです。
そこで排尿後に直ぐにトイレを流さず、暫く観察してみると、黄色い色が沈殿して行き、透明に近い尿と分離するのです。
「これが尿酸なんだ」と思いました。
関節に蓄積した尿酸が、炎症を引き起こすことで体外に排泄させれているのだと考えました。
思えば、帰国後すぐに“痛風”が発症して左足の膝から指先まで象のように腫れた時、友人に大学病院の教授を紹介され、膝に溜まった水を抜いてもらった時、「尿酸かどうか検査して下さい」とお願いすると、「これは単なる炎症、尿酸の色とは違う。長い経験から尿酸の色と、単なる炎症の色ははっきりと分かる」と言われたことがあります。

確かに溜まった水を抜いてもらうと症状的には楽になったのですが、機能的な回復に時間がかかることにも気付きました。
おそらく炎症による水分は、近くの筋肉から集まったもので、炎症による水分を抜き取ってしまうと、筋肉に含まれる水分が減り、元に戻るのに時間が余計にかかると理解しました。
実際に回復後に右腿よりも、左腿の太さが減少したのです。
つまり炎症を起こすことで尿酸を薄め、腎臓に送って排泄させる自然に備え持つ身体の防御反応だと気付きました。
炎症による腫れた水分は、必要があって腫れているのであって、抜いてはいけないのだと悟りました。

次のオレンジ色に近い黄色い尿(尿酸)を常に排泄するには、どうしたら良いのか考えました。
確かに、以前の自分の平常時の尿は透明でした。
普通は軽い黄色の尿が出るのが正常です。
つまり体内に生じた要らない尿酸は、正常な人であれば尿として排泄される筈が、自分は他の人と異なって、その働きが鈍っているのだと考えました。
そこで尿が黄色になるには何が必要か考え、ビタミンB2とB12が黄色の成分となることに気付き、以来、毎日ビタミンB群を摂取するようにしました。

DSCF0877面白いことに、ビタミンB群を摂取していると、黄色に近い尿がでるようになりましたが、ビールなどのアルコールを飲み出すと、透明に変わることにも気付きました。
やはり何らかの関連があるようです。

次に気付いたのは、発症後に便が出る度に症状が緩和することです。
発症すると、激痛に襲われ、便通が止まります。
しかし数日後に快い便が排泄されると、痛みが和らぐことが分かりました。
これも体内に蓄積した尿酸が排泄されたのだと思います(少々汚い話しで恐縮ですが・・・)。



奇跡の食品 (ハルキ文庫) 以来、なんとか“痛風”を完治させる方法を模索しています。
栄養学を学び続けている理由の一つは、自分の持病を何とか自然な形で改善し、自分で体験して、同じ苦しみを患っている人達に知らせたいと願っているからです。
すると今年の春に“奇跡の食品”ジーン・カーパー著(丸元淑生・訳)角川春樹事務所に出会ったのです。
そこには“痛風の驚異のクスリ、セロリ―とチェリー”と題した内容が載せられていたのです!

もちろん科学的には証明されていないようですが、民間療法として昔から“チェリー(特にブラックチェリー”や“セロリの種”が痛風に効き目があり、全快した人達が沢山いると紹介されていたのです。
たまたま本を読んだのがチェリーが販売されている時期でもあったので、貪るように食べてみました。
313KPK5TJaLしかし時期が外れると、チェリーがマーケットから消えてしまいました。
春以来、“痛風”の発作は起きていませんが、何とかチェリージュースやセロリの種をネットで探して試してみようと思っています。

効果はまだ分かりませんが、チェリージュースから始めてみようと目論んでいます。

その他にも足のムクミやリンパ循環も考えています。
神様から与えられた“痛風”を、何とか自然な方法で攻略してみせると、秘かな戦いは続いています。